書評『オール・アメリカン・ボーイズ』

”黒人の少年ラシャドはポテトチップスを買いにいった店で万引きを疑われ、白人の警官から激しい暴行を受け入院する。それを目撃した白人の少年クインは、その警官が友人の兄のポールだと気づき現場から逃げた。事件の動画がテレビやネットで拡散し、ラシャドとクインが通う高校では抗議のデモが計画され、2人はそれぞれの人間関係の中で、揺れ動く自分の心をみつめることになる。
事件の当日からデモが行われるまでの8日間を、黒人作家のレノルズが黒人の少年ラシャドの視点から、白人作家のカイリーが白人の少年クインの視点から交互に描き、まさにアメリカの今を映し出す感動作。”

 上の引用は出版社HPにある本書の紹介文だが、これを読んで「自分には関係がない」と思ったあなたはマジョリティであり、なおかつ差別主義者である。こんなことをいきなり赤の他人に言われたらムカつくだろうが、まさにこれこそが差別の本質であり、本書を通して常に語られるものでもある。

 マイノリティ/マジョリティの問題は、自分で思っているよりも遥かに「わかりにくい」。なぜなら、気づかない/気づけないことこそがその本質だからだ。たとえば、あなたはいま電車のなかでこれを読んでいる。そのときあなたは、何かを「気にしている」だろうか。隣の人の距離が近くて怖い。目の前で立っている人の視線が怖い。そういったことを感じながら、この文章を読んでいるだろうか。おそらくあなたはそんなことは感じていないだろう。僕も感じたことはない。でも、だからといって「差別がない」わけではない。たとえば社会学研究者のケイン樹里安はマジョリティのことをこのように訳した。”気付かずにいられる人/気にしないでいられる人”と。従来の「多数派(少数派)」という訳では溢していたもの=私たちが気づけていなかったものを掬い取っていることがわかるだろうか。

https://note.com/julinote/n/n1e83b80755cc ←ケイン樹里安さんのnote。こちらを一読してから戻ってきてほしい。

 あなたがいま差別や抑圧を感じないのも、それらが自分の身の周りにないように思えるのも、単にあなたが「気付かずにいられる/気にしないでいられる」人だからだ。性暴力に怯える人は隣の人との距離感を気にせざるを得ないし、日本国籍を持たない人は目の前の人の視線を気にせざるを得ない。しかしその経験がない/環境にない人間には、その「感覚」はわからない。何度だって言う。差別は「存在しない」のではなく「見えてない」のだ。ゆえに、それは常に”私”の問題だ。”誰か”の問題じゃない。

 『オール・アメリカン・ボーイズ』で描かれるのは黒人差別の問題だ。あなたも聞いたり目にしたりしたことがあっただろう。しかしきっと、遠い世界の話だと考えていたはずだ。BLM(ブラック・ライブズ・マター)という言葉、そしてその運動に対しても。そのことをもってして、いますぐに断罪することはしない。というかできない。僕だってそのうちのひとりだからだ。しかし差別の問題に対して「当事者」ではない存在になれることはないし、なんなら常に「加害する側」として当事者になっていることのほうが多いのだ。差別は無意識に行なわれる。自分が差別に加担していることに気づけないこと、そのこと自体がそこに差別が存在することの証明にすらなっている。

 それは本書の登場人物たち、つまりアメリカに住む人たちだってそうなのだ。だけど、人はいつだって気づくことができるし、変わること、変わろうとすることはできる。事件に対して違和感を覚えてはいたものの、はじめ「おれは差別なんかしてないよ」と言っていた白人のクインも、ある日学校の食堂で自分が「気にしないでいられる」側の人間だったことに気づく。

”いつもただ食堂に来て、好きな席に座っていた。席が空いてさえいれば、悩むことなんてなかった。”

 私たちの「ほとんど」はラシャド=差別被害者になることはないだろう。と、思えること自体が既に特権なのだ、ということを、いろいろとわかったような顔してここまで書いておいていまさら気づいている自分がいる。最悪だ。でもだからこそ書こうと思う。書かなくちゃいけないと思う。差別被害者ではないから。自分は差別を見たことがないし、したこともないから。それらは絶対に免罪符になどならない。「何もしない」のは罪だ。私たちはいつだって、少しでも気を緩めたら差別主義者になる。人種、国籍、性別、職業……。あらゆる差別の種は、常に私たちのなかにある。だから刻み込め。”RASHAD IS ABSENT AGAIN TODAY(ラシャドは今日もいない)”という、彼らの言葉を。だけどその「不在」に気づけたあなたは、確実に1歩は踏み出している。

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